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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

ガウディが残してくれた楽しみ

コロニア・グエル地下聖堂の模型は、小屋の天井に固定した板に取り付けられた。
そこには教会の平面図が置かれ、各柱が立ったところに点や壁の位置が描かれ、そこから空気銃の弾入り小袋を吊り下げ、カテナリー曲線となるアーチ形状を求めた。大工ムンネは、サグラダ・ファミリア教会の地下聖堂にある懺悔室の縮尺模型、移動用説教台と家具を作り、模型を作るには充分な経験を積んでいた人でもあった。
一方ベルトランはカサ・カルベ、カサ・ミラ、カサ・バトリョ、カサ・ミラの石膏模型を作った経験があるので、ガウディ建築の形を理解していたと云える。

構造計画のための模型実験で10年もかける建築というのは尋常ではないが、それをやり通すだけの精神も尋常ではない。そんなガウディが、100年以上も前に実施していたというのにはどんな意味があったのか。
単に建築は建てれば良いというのではない。それには人間によって利用される建物として、さらには、安全で耐久性のある建築物を作る事が建築家の使命として認識されていたのだろう。
その実験を続けている間に周囲の環境と諸条件を検討しながら、詳細にいたる建築テクスチャーにまで注目する。しかもリサイクルで建築をつくるという発想はどうしたことか。
確かにガウディの建築は、用途に応じて本来の機能性を考えながら素材も選択していたはずである。当時の建築では「リサイクル」というアイデアは、ガウディ以外にはなかったのではないか。その辺りは、父親譲りの職人気質ということ言えるのだろうか。

例えば鋳掛け業の場合、鍋の修理や蒸留機の修理はよくあったはずである。そのリサイクル的思考がガウディによって建築に再生されることになったのだろうか。
その昔は現代と違って物が大量に生産されていたような時代ではない。
つまり消費社会ではなかったはずである。道具というのは、今でも職人さんの社会ではよく見られる様に、大切に利用され長年使っていた時代である。つまり、半永久的利用は日常化されていたはずである。その中で日用雑貨も家も、全て同じ考えにあったのではないだろうか。
つまり建築でも世代が変わっても利用されることは普通であったはずである。
それが素材の利用にまで適応されるということになる。

廃材で想いだされる世紀末の作品で、南フランスのオートリーヴで寄せ集めの石で作り上げた理想宮殿パライデ(1879?1923)は、郵便局員であったフェルディナン・シュヴァルが毎日の仕事の帰りに見つけた石ころで作られたものであり、建築家の作品ではない。

コロニア・グエル教会計画は、建築家ガウディが生涯通して未完ではあるが私たちに色々な角度から提案をしてくれている、もっともメッセージ性の高い崇高な建築作品と云える。
その作品は、私のガウディ建築実測図の中で最後の作業として残されている。というのは、ガウディが残してくれた4枚のデッサンから、私のガウディ建築実測経験によって得た解釈で整理して完成予想図を描くことである。ガウディが私に残してくれた課題として、一生の楽しみに残している。

   
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