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建築家トップ > バルセロナ便り > 第240回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

「良い建築」としてのテレサ学院

もの作りの世界では、時代や地域性が反映されるというのは普遍性がある。建築においてはそれがより顕著な表現手段になる。つまり気候、風土、習慣、さらに歴史性に加えて民族性も反映されるからである。
生活に必要なエネルギーとしては薪の火から始まり、今では原子力発電による火にまで至るようになった。そのエネルギーによってデザインも変化する。同時に文明の力も変化して地域を変貌させる。その意味では建築も同じように爬虫類、節足動物、両生類と同じように脱皮を繰り返しているといえるのかもしれない。
未来の建築はどのようになるのかは、個々の想像に委ねるしか無い。
それは芸術の世界としての楽しみにもなる。そこで芸術の基本を築いてきた伝統職人達は、地域の素材を作って技術の巧を見せている。それが実は時代の必要に応じた試行錯誤の成果なのである。

いまでもその昔から利用してきた道具で同じような細工を繰り返しているように見えるが、そこにはさらに職人達の巧によって、時代に応じた新たな細工が付加されている。
ガウディは「それが一番熟知された最も使い慣れた方法であり、安心できる」と言っている。

建築の場合は、素材の耐久性というのは重要なポイントである。
数年でダメになるような建築素材は、その場は凌げても本来の建築の意味からは反れているので利用は難しい。つまり建築とは人間生活を保護するためのものであり、安全でなくてはならないと言うのが基本である。
その上での計画として、さらに快適な空間を確保する事が建築の真髄となる。
その辺りについてもガウディはテレサ学院の計画で「良い建築を作りましょう」とオーナーのエンリケ・デ・オッソーに言う。
ガウディのこの言葉「良い建築」というのはどんな意味なのだろうか。
条件による適切な対応を施した理想的な建築という解釈だとすればどうだろうか。
テレサ学院は尼僧の寄宿舎でもある。それに併設した女学校の建築計画であった。この計画では建築家ガウディの職人魂のような部分が見られる。つまり予算が十分ではない建築計画の中で、ガウディはそれぞれの立場を尊重しながらその計画を進めることを決意することで、「良い建築」と言う言葉をオーナーに説明していたと解釈した。
テレサ女学院の計画は、すでに建築家ホワン・バウティスタによって1階が建設されていた事は既述している。その後、ガウディにバトンが渡され建築が進められた。
この建築においてガウディによる適切な建築計画というのは、修道院的な要素も含む事から、その素材の選択が最も安価な煉瓦とマンポステリアが基調になっている。個々で「安価な」という意味は「節制」というモラル的要素が建築に表現されていることが読み取れる。
しかも聖女テレサの教えを裏付けるような信仰心の表現としての、剛毅な精神性を演出しているかのように聖女テレサとイエスのイニシャルが施されている。建築内部では、構造計画としての煉瓦による補強までも見られる。反面、内部空間ではバウティスタによる建築計画では、そのファサードからは寄せ棟造でありトップライトのようなものは見られない事から、廊下の明り取りは計画されていなかったことになる。つまりこのパティオはガウディによるオリジナルとしての計画変更と言うことになる。そのおかげで中央廊下は自然光による明るさが得られているのである。しかも明るさが何とも心地が良いのである。「明るくもなく暗くもなく落ち着いた空間」と言う表現が適切ではないだろうか。
その廊下ではガウディ十八番である煉瓦造による放物曲線アーチがとても美しい。

贅沢な素材は使わなくても素敵な空間ができる一例である。
     
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